競売の最低競売価額
最低競売価額の変遷
競売不動産や競売市場には、いろいろとデメリットもあり、このような特殊性を勘案して時価よりも低めに評価することも已むを得ないとする考え方が、抬頭してきました。
昭和54年の民事執行法の発足当時は、旧法時代の時価評価主義と債権者の債権額重視主義との傾向に沿って、それに相応した適正価額を評価してきました。民事執行法では最低売却価額が決定され、売却公告がなされれば、その物件の売却が決まるまでは随意にその価額を変更するわけにはいきません。
昭和58年ごろより、当時の経済情勢を反映して飛躍的に売却件数が増加し、それに伴って未処理件数が加速度的に累積しました。東京では、国際化、情報化、国際金融の自由化の進展などの波にのって地上げ現象が活発化し、一気に地価が高騰し、さらに短期間にその暴騰の範囲は、あたかも焼原の火のように拡大し始めました。
このような社会経済状況のなかで、東京圏内の競売の売却率は昭和61年頃より、100%に近い数字を示すに至っています。ですが、これは東京圏とそれに準ずる大阪圏、名古屋圏内の一部の地域であって、それ以外の他地域では依然として競売売却物件は、滞貨の山をなしている状況でした。
民事執行法が施行された当時は、最低売却価額は一般市場の適正な水準で、よしとする考え方でした。これは「当該地域の地価水準、公示価格、都道府県基準地価格などに比準し、さらに当該物件の個別性を参酌して評価した」というように記述して、評価書を作成させるというようなパターンが物語っているところです。